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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2582号 判決 1973年5月31日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

事実及争点並に証拠は、以下に記載するものを除く外、原判決事実摘示記載の通りである。

被控訴代理人の陳述

一、被控訴人が原判決添付目録記載の係争土地及建物を控訴会社の所有として登記をしたのは、租税特別措置法による不動産の譲渡所得に対する所得税の免税措置の適用を受ける意図のもとに、したものである。即ち、被控訴人は、かねて自己所有にかかる三島市字二日町一、三五三番一宅地五七坪五合一勺外土地四筆及建物一箇を所有しており、自己の債務(被控訴人は訴外フジ商事株式会社に対し砂糖買掛代金千三百万円の債務を負担しており、同会社のために右土地及建物について売買予約の仮登記をしていた。)の整理のため右土地及建物の売却を計画していたのであるが、右売却によつて多額の譲渡所得を生ずるところから、買替のための不動産を物色していた際に原判決添付目録(2)記載の土地を取得することができたので、後日前記自己所有の土地建物を他に売却した暁には、更に自己所有名義に移す予定の下に、取敢ず、被控訴人が殆んどその全株式を所有し、事実上被控訴人が支配している控訴会社名義で所有権取得登記を経由したものである。原判決添付目録(1)及(3)記載の建物についても、同様に、後日更に自己所有名義に移す予定の下に、取敢ず控訴会社名義で所有権保存登記を経由したものである。然るに被控訴人が昭和三十九年九月二十九日、控訴会社の営業を訴外杉山弥一郎に譲渡した当時、被控訴人所有の上記五筆の土地及建物の売却はまだ実現しておらず、本件係争の土地及建物の所有名義を被控訴人名義に移すことができなかつたので、被控訴人は、控訴会社の資産のうち本件係争の土地及建物を杉山弥一郎に対する譲渡の対象から除外し、右土地及係争建物のうち玉川の建物(原判決添付目録(3)記載の建物)について控訴会社名義を以て右杉山との間に賃貸借契約を締結したものである。以上の次第で、本件係争の土地及建物は、登記簿上控訴会社の所有名義となつているが、真実の所有者は被控訴人であるので、被控訴人は、本訴において、真正な登記名義の回復を原因として、控訴人に対し係争の土地及建物について被控訴人のために所有権移転の登記をなすべきことを求めるものである。

二、仮に被控訴人の右主張が認められないとしても、昭和三十九年十一月中旬頃、控訴人は被控訴人に対し、本件係争の土地及建物につき昭和四十年九月末日限り被控訴人のために所有権移転の登記をなすべきことを約定した(甲第八号証)。よつて、予備的に、右約定を原因として、係争土地及建物につき所有権移転の登記をなすべきことを求める。

三、控訴人の後記主張事実のうち、訴外友重重信が控訴会社の株式を買受け、その営業を譲受けるに当つて、本件係争の土地及建物が被控訴人の所有であることを知らず、控訴会社の所有に属するものと信じていたとの点は、否認する。

控訴代理人の陳述

一、被控訴人の上記主張の事実のうち、被控訴人(但し名義は、被控訴人経営の有限会社室伏徳兵衛商店である。)が訴外フジ商事株式会社に対し金千三百万円以上の債務を負担していたこと及被控訴人がその所有にかかる三島市字二日町一、三五三番一外四筆の土地と建物に売買予約の仮登記をしていたことはこれを認めるが、その余は否認する。むしろ、本件係争の土地及建物は、税金対策のために、名実ともに控訴会社の所有とされたものである。

二、控訴会社の現代表者である友重重信は、係争の土地及建物が控訴会社の所有に属するものと信じて控訴会社の株式を買受け、その営業を譲受けたものである。従つて、もし係争の土地及建物が、被控訴人主張の通り、被控訴人の所有に属するものとするならば、被控訴人が右土地及建物につき控訴会社名義を以て所有権の登記をしたことは、被控訴人と控訴会社との間の通謀による仮装行為というべく、被控訴人は、民法第九十四条第二項の規定の類推により、右友重を代表者とする控訴会社に対し係争の土地及建物に対する自己の所有権を主張し得ないものというべきである。

証拠(省略)

理由

一、本件係争の原判決添付目録(1)及(3)記載の各建物につき控訴会社名義で所有権保存の登記が、また、本件係争の同目録(2)記載の土地につき控訴会社名義で所有権移転の登記がなされていることは、当事者間に争のないところである。

二、然るところ、被控訴人は、本件係争の右各建物及土地は、いずれも真実は被控訴人の所有である旨主張するので按ずるに、上記争のない事実に、いずれも成立に争のない甲第一乃至第三号証、第六、七号証、第九号証、第十四号証、第二十二号証の一乃至六、第二十五号証、乙第一、二号証、第四号証、第六乃至第八号証、第十四号証、第十五号証の一乃至六、第十八号証及第二十二号証、当審証人大川芳夫の証言により成立を認める甲第十五号証の一及第十八号証、当審証人大川芳夫及当審における被控訴人本人訊問の結果により成立を認める同第二十六号証の一乃至六十九、第二十七号証の一乃至百三及第二十八号証の一乃至八十五、原審証人加藤せつ、同中山萬、当審証人杉本国夫、同大川芳夫、同藤中晴夫、及同二見康雄の各証言、原審における原審被告杉山弥一郎及原審及当審における被控訴人各本人訊問の結果並に弁論の全趣旨を綜合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被控訴人は、昭和三十六年初頃、貨物自動車運送事業を営んでいた三島運送株式会社の営業及同会社の株式の大半の譲渡を受け、同会社の事実上の経営者となるとともに、商号を島津急送株式会社と変更し(これが控訴会社である。)、代表取締役には実弟室伏教弘を当て、自身は監査役に就任したが、これは名目だけであつて、教弘は会社の業務には関与せず、被控訴人が事実上控訴会社を支配したこと、

(二)  被控訴人は、昭和三十六年二月頃、姻戚関係にある訴外二見康雄と共同して訴外市川泰作から同人所有の三島市玉川字反り田六一番の三、田六畝を金三百六万円で買受け、右代金は上記二見と折半して負担し、また、いずれも自己の費用で、訴外大川芳夫に工事を請負わせて、昭和三十七年中に原判決添付目録(1)記載の建物(南本町の建物)を、次で翌昭和三十八年中に上記土地の一部に同目録(3)記載の建物(玉川の建物)を夫々建築し、右南本町の建物には被控訴人自身入居してこれを自己の住居とするとともに、同建物の階下の一部を被控訴人がその代表取締役で、且事実上の経営者である訴外島津興業有限会社名義で訴外杉山肇に店舗として賃貸し、また、右玉川の建物は、その敷地とともにこれを控訴会社の営業所として使用したこと、

(三)  右説明の通り、上記土地は被控訴人が訴外二見康雄と共同して買受けたものであり、また、係争の南本町及玉川の建物はいずれも被控訴人が自己の費用で建築したものであるが、被控訴人は、かねてから訴外フジ商事株式会社に対し金千三百万円余の砂糖買掛代金債務を負担しており、右債務の返済に当てるために自己所有にかかる三島市字二日町一、三五三番一外宅地四筆及建物一箇の売却を計画していたところ、右売却によつて多額の譲渡所得を生ずるところから、租税特別措置法による免税措置の適用を受けるための買替の不動産を物色していた折柄であつたので、後日上記の自己所有の宅地及建物を他に売却した暁には更に自己所有名義に移す予定の下に、取敢ず、前記玉川反り田六一番の三、田六畝は、被控訴人が事実上の経営者である控訴会社名義でこれを取得することとし、所有者市川泰作との間の売買契約書においても買受人を控訴会社として表示し、同土地の所有権譲渡及宅地転用についての農地法による許可も控訴会社名義で申請し、所有権取得登記も昭和三十六年八月十五日、控訴会社名義で経由し(なお、被控訴人は、右土地のうち、控訴会社の営業所の所在する部分三畝を三島市玉川六一番の三、田三畝として控訴会社所有名義のまま残し、残余の三畝を分割してこれを前記訴外二見康雄所有名義に移転し、次で右六一番の三、田三畝を宅地九〇坪として地目変更の登記をしたのであるが、これが本件係争の原判決添付目録(2)記載の土地である。)、また、係争の南本町の建物及玉川の建物についても、右と同様の計画の下に、前者については昭和三十七年四月十二日、後者については昭和三十八年九月二十七日、いずれも控訴会社名義で所有権保存の登記をしたこと、なお、被控訴人が以上のように係争の土地及建物を控訴会社所有名義で登記したことについては、租税特別措置法による不動産の譲渡所得税の免税措置の適用を受ける計画の外に、被控訴人に対する債権者からの差押を避けようとする意図も同時にあつたこと、

(四)  被控訴人は、係争の土地及建物を控訴会社所有名義で登記したものの、控訴会社とは無関係に、自身又は被控訴人が事実上の経営者である徳島商事有限会社名義の三島市北上農業協同組合、三島信用金庫又は静岡県信用保証協会に対する債務のために係争の土地及建物に抵当権を設定し、これを自身の金融のために担保として利用していたこと、

(五)  被控訴人は、控訴会社の営む貨物自動車運送事業が思わしくなく、業績も挙がらないところから、昭和三十九年九月二十九日、被控訴人名義の控訴会社株式全部と控訴会社の営業を訴外杉山弥一郎に譲渡することとなつたのであるが、控訴会社所有名義の資産のうち係争の土地及建物は被控訴人自身の所有として留保する意思の下に譲渡の対象から除外することとし、ただ、係争土地と係争建物のうち玉川の建物は、控訴会社の営業所として控訴会社の営業のために必要であるところから、右同日付をもつて右土地及玉川の建物につき杉山との間に賃貸借契約を締結したこと(前記(三)掲記の被控訴人所有の二日町所在の宅地及建物の売却が当時はまだ実現しておらず、従つて係争の土地及建物の所有名義を被控訴人に移すこともまだできなかつたので、係争土地及玉川の建物の賃貸借は、控訴会社を賃貸人、杉山を賃借人として締結されたが、その実質は、被控訴人と杉山を事実上の経営者とする控訴会社との間の契約である。)、なお被控訴人から杉山に対する控訴会社の株式及営業の譲渡の代金は、両者の合意によつて金百七十一万円と定められたが、うち金百二万円については、控訴会社名義の債務のうち大野モータースに対する自動車買受代金債務金五十七万円、広瀬モータースに対する同種債務金十四万円及立石電気株式会社に対する自動車事故による損害賠償債務金三十一万円を杉山において引継ぐことによつてこれが支払に代わるものとしたこと、

およそ以上の事実を認めることができる。

右認定の事実によれば、本件係争の土地及建物は、控訴会社所有名義で登記がされているけれども、真実の所有者は被控訴人であつて、第三者に対する関係は別として、被控訴人は控訴会社に対し右土地及建物に対する自己の所有権を主張することができるものと解するのが相当である。控訴会社の名古屋陸運局長宛自動車運送取扱事業登録申請書添付の書類(乙第十五号証の二)、法人税額確定申告書の添付書類(同第十二号証)、決算報告書(同第十六号証)等には、係争の土地及建物が控訴会社の所有として掲記されているけれども、これらの記載は、右土地建物が控訴会社所有名義を以て登記されていることの結果であつて、被控訴人と控訴会社との関係において係争の土地及建物の真実の所有者が被控訴人であるとする上記の判断と牴触するものではなく、他に右判断の妨となるべき資料はない。

三、ところで、控訴会社においては、その現代表者である友重重信が、係争の土地及建物が控訴会社の所有に属するものと信じてその株式を買受け、その営業を譲受けた旨主張するので、以下この主張について判断するに、前顕乙第二及第四号証、原審証人加藤せつの証言及原審における原審被告杉山弥一郎及被控訴人各本人訊問の結果により成立を認める甲第八号証、右加藤証人の証言により成立を認める同第十号証、原審における控訴会社代表者本人訊問の結果により成立を認める乙第三号証、原審における原審被告杉山弥一郎及原審及当審における控訴会社代表者各本人訊問の結果により成立を認める同第五号証(但同号証第一条の記載のうち「不動産と動産」なる挿入部分を除く。)、原審及当審における控訴会社代表者本人訊問の結果により成立を認める同第九及第十二号証、当審における控訴会社代表者本人訊問の結果により成立を認める同第十七号証、原審証人加藤せつ、同中山萬、同青島恒夫(同証人の証言中後記措信しない部分を除く。)及当審証人杉本国夫の各証言、原審における原審被告杉山弥一郎及原審及当審における被控訴人及控訴会社代表者各本人訊問の結果(但右控訴会社代表者本人訊問の結果のうち後記措信しない部分を除く。)並に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、

(一)  杉山弥一郎は、被控訴人から控訴会社の営業と株式の譲渡を受けた後一箇月位してこれを控訴会社の現代表者である友重重信に譲渡することとなり、友重は昭和三十九年十月三十日、控訴会社の代表取締役に就任した旨の登記をするとともに、同年十一月六日、杉山との間に、控訴会社の営業と杉山が被控訴人から譲受けた控訴会社の株式を代金百五十万円で譲受け、且杉山が被控訴人から引継いだ控訴会社名義の前記大野モータース、広瀬モータース及立石電気株式会社に対する合計金百二万円の債務を引継ぐ旨の営業譲渡契約を締結したこと、

(二)  杉山は、右契約の締結に当り、本件係争の土地及建物は登記簿上は控訴会社の所有名義となつているが、真実は被控訴人の所有であることを友重に説明し、友重もこのことを諒承し、係争建物のうち控訴会社の営業所として使用している玉川の建物とその敷地である係争土地の賃借権を友重に譲渡することとして杉山が被控訴人との間で作成した土地建物賃貸借契約書(乙第二号証)を友重に引継いだこと、

(三)  控訴会社の営業が杉山から友重に譲渡されたことを知つた被控訴人は、昭和三十九年十一月二十日頃、友重の招待を受けて同人と会食をした機会に、本件係争の土地及建物が真実は被控訴人の所有であることを説明したところ、友重もこのことを承認したので、その数日後、係争土地及玉川の建物は被控訴人の所有であつて控訴会社にはその処分権がなく、控訴会社においては遅くとも昭和四十年九月末日までに被控訴人名義に所有権移転登記をなすべきことを約する旨及右土地建物は控訴会社が被控訴人より賃借していることを認める旨を記載した念書(甲第八号証)を作成し、右念書に控訴会社代表者としての友重の記名押印を得、且連帯保証人名義を以て杉山弥一郎の署名押印をも得たこと、

およそ以上の事実を認めることができる。原審証人青島恒夫の証言並に原審及当審における控訴会社代表者本人訊問の結果のうち以上の認定と牴触する部分は、前掲の諸証拠と対比してたやすく措信し難い。また、前掲乙第五号証は杉山弥一郎と友重との間で作成された契約書であるが、同号証中第一条の挿入文言「不動産と動産」なる記載は、原審における原審被告杉山弥一郎本人訊問の結果によれば、同号証作成後に杉山不知の間に何人かによつて記入されたものと認められるので、同号証は上記認定の反証とはなし難く、更に、乙第十三号証は、控訴会社の旧代表者である室伏教弘と新代表者である友重を作成名義人とし、両名の記名押印のある営業引継契約書と題する書面であるが、さきに認定した通り、室伏教弘は控訴会社の名目だけの代表者であつて控訴会社の経営には関与したことがないのみならず、同号証作成の具体的経過を窺うに足りるなんらの資料もないので、同号証もまた直ちに以て上記認定の反証とはなし得ないものというべく、他に上記認定を覆し、控訴会社の主張を肯認せしめるに足りる証拠はない。なお、成立に争のない乙第二十六号証、第二十七号証の一、二、第二十八号証の一、第二十九号証の一乃至七、第三十号証、第三十一号証の一乃至三、第三十二号証、第三十四号証の一乃至六及第三十五号証の一乃至四、原審証人青島恒夫の証言及原審における控訴会社代表者本人訊問の結果により成立を認める同第十一号証、当審における控訴会社代表者本人訊問の結果により成立を認める同第二十八号証の二及第三十三号証の一、二並に当審における控訴会社代表者本人訊問の結果によれば、友重は、控訴会社の営業譲受後、その以前の原因によつて生じた控訴会社関係の税金の納入や債務の支払のために相当多額の出捐をしたことが認められるが、これらの出捐については、杉山との間の営業譲渡契約又は被控訴人と杉山との間の営業譲渡契約に基き、いずれも友重が杉山又は被控訴人からこれが償還を請求し得る金額であつて、友重がかかる出捐をしたとの一事は、本件係争の土地及建物が控訴会社に対する関係において被控訴人の所有に属するものとの認定をすることの妨となるものではない。

以上認定の事実によれば、友重は、杉山から控訴会社の株式及営業の譲渡を受けるに当り、本件係争の土地及建物が控訴会社の所有に属しないことを了知していたことは明かというべく、従つて友重が係争の土地及建物を控訴会社の所有と信じていたことを前提として民法第九十四条第二項の規定の類推適用があるとする控訴会社の主張は、採用の余地がないものといわなければならない。

四、本件係争の土地及建物がいずれも被控訴人の所有であつて、被控訴人がその所有権を控訴会社に対して主張し得ることは、以上の説明によつて明かである。されば、控訴会社に対し、右土地及建物に対する所有権の確認を求め、登記を真実の権利関係に合致させるための方法として係争の土地及建物につき所有権移転の登記手続を求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

よつて右と趣旨を同じくする原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第一項の規定により本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき、同法第八十九条第九十五条の規定を適用し、主文の通り判決する。

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